
01 北の海の町で、医師は静かに言った
日本一周の3年目。北の海の町で、体に異変が出ました。食べられない日が続き、体重が落ちました。妻に言われて、町の病院に行きました。検査は3日かかりました。待合室で、妻は何も聞きませんでした。僕も、何も言いませんでした。
4日目、診察室で医師は静かに言いました。病名は、がんでした。そして、残された時間は、おそらく1年。妻が横で、僕の手を握りました。震えていたのは、妻の手のほうでした。
病室に戻って、僕が最初にしたことは、泣くことでも、怒ることでもありませんでした。数えることでした。楊さんと出会った年、42歳。家と車を手放した年、44歳。店を塚ちゃんに渡した年、47歳。海へ出た年、同じ47歳。そして今、49歳。
もし、あのどれか1つでも「来年にしよう」と1年遅らせていたら。僕は、数えるのをやめました。
病室で最初にしたのは、年を数えることだった。
あなたが「来年にしよう」と思っている事は、何年目ですか?
02 1年遅らせていたら、何が消えたか
先生の講座に「いつ死ぬか分からない」という回があります。14回目でした。聞いた時は、当たり前のことを言うな、と思いました。当たり前のことが、自分の番になるとは思っていなかったのです。
1年遅らせていた僕を、想像してみます。家を売るのが45歳。店を渡すのが48歳。出発が48歳。旅の2年目で、同じ異変が来ます。見られなかった海が、1年分。
それだけではありません。1年ずつ遅らせた僕は、たぶん最初の決断も遅らせています。「来年、落ち着いたら」。美容師に、落ち着く年は来ません。すると家はまだ売れておらず、店もまだ僕の名前のままだったかもしれない。
そうなると、残された1年は、海ではなく手続きに使われます。家を売る手続き。店を渡す手続き。それを病室の僕ができなければ、妻の肩に乗ります。商売をしたことのない妻の肩に。後回しの代償は、お金ではなく、時間で払うことになっていました。
遅らせた1年は、妻の肩に乗っていた。
03 妻へ。病室で書く、最初の手紙

僕は手紙を書くことにしました。この回は、その手紙です。前半は妻へ、後半は息子へ。この連載の序章を書いたのは3年前、海へ出る前の47歳の僕でした。この手紙が、僕の書く最後の文になります。
妻へ。5年前、君は「あなたに何かあったら、この店を私にどうしろと?」と言った。あの一言が、全部の始まりだった。僕は君を責めなかったし、君も僕を責めなかった。代わりに2人で、残す物を変えた。
君は責任を持つのが嫌いな人だ。だから僕は、君に責任が残らない形にした。店は塚ちゃんの物。家はない。残るのは、毎月の発表会で君が3年間見てきた、あの口座だけ。君はもう、僕より数字に詳しい。
泣く日はあると思う。でも、通帳を見て泣く日は来ない。それだけは、僕が5年かけて作った。配当の目安で暮らして、6か月分の現金には手を付けないこと。要らんことせんこと。それだけでいい。ポメラニアンのこと、頼む。あいつは君のほうが好きだ。
3年間の海を、ありがとう。糸島の朝9時の海を、僕は一生忘れない。一生が短くなっても、忘れない。
通帳を見て泣く日は、来ない。それだけは作った。
04 もし、どれか1つでも「来年にしよう」と言っていたら

息子へ。この表は、父さんが病室で作った。左が実際の父さん。右が、決断を1年ずつ遅らせていた父さんだ。体の異変が来る年は、どちらも同じ。違うのは、その前に何を終えていたかだけ。
右の父さんは、49歳で旅の2年目だった。そして50歳の行を見てほしい。海が1年分、消えている。店の整理と家の売却が、母さんの肩に乗っている。父さんが一番避けたかった未来が、たった1年のずれで、そこにある。
病気の時期は、誰にも分からない。この表は医療の話ではない。「決断を遅らせると、残る時間が1年ずつ減る」という、それだけの表だ。でも父さんは、その1年に、海を3年分入れることができた。
お前は17歳の時、父さんの失敗を全部聞いた。訴状も、300万円も、家も。その上で、この表も見てほしい。失敗より、遅れのほうが取り返せない。
失敗は取り返せる。遅れは、取り返せない。
05 息子へ。資産は残る。考え方も残る

息子へ、続き。父さんがいなくなっても、口座の中の市場の平均は、なくならない。アメリカの代表的な500社は、父さんの体とは関係なく、来年も働く。これが「資産は人がいなくなっても残る」の意味だ。
でも、父さんが本当に残したいのは、口座ではない。考え方だ。余ったら、ではなく先に未来へ入れること。店は仕事であって、資産ではないこと。家族に見せるお金を決めること。そして、今やらなくて、いつやる、ということ。
お前は若い。父さんより守りは少なくていい。でも、順番は同じだ。生活費6か月分を先に置く。残りを、要らんことせんで持つ。母さんの発表会に、画面でいいから毎月出ろ。結婚したら、相手にもファイルの場所を教えておけ。父さんが母さんにしたように。
母さんが、この手紙を読み終えたら、2人で海を見に行ってほしい。どこの海でもいい。父さんは3年かけて、日本の海を北まで見た。お前たちは1日でいい。父さんが見た海の、続きを見てくれ。
海の続きは、お前たちが見てくれ。
06 今日やること:「来年」に、今年の日付を書く
ここからは、読んでくださっているあなたへ。今日やることは、1つだけです。「来年にしよう」と思っている事を1つ書いて、その横に今年の日付を書いてください。 口座を分けることでも、家の話を家族とすることでも、何でも構いません。日付は、来年ではなく、今年のうちの日付にしてください。
日付を書いただけで、何も変わらないかもしれません。でも、書かなければ「来年」は毎年やって来ます。僕の5年は、紙に日付を書いた日から始まりました。
次の話は、E-6「今やらなくて、いつやる。美容師は後回しの天才」です。病室に、塚ちゃんと楊さんが来ます。
書かなければ、「来年」は毎年やって来る。
情報元
- 講座 第14回「いつ死ぬか分からない・家族のお金のルール」・第3回「生活費6か月分は現金で」・第6回「親と子はやり方が違う」(講義ノートより)
- 三平の年齢と決断の年 | 三平物語の設定(序章の「5年の道のり」)
※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)
病気の描写は物語で、治療・医療の助言は含みません。体の不調は医療機関にご相談ください。



