第4部 4年目 要らんことせんの投資 第8話
プロの8割が負ける相手に、素人が勝てますか?
『プロが厳選・機動的に売買』の厚いパンフレット。プロが選ぶ投資信託の約8割は、何もしない市場の平均に負けている。楊さんは笑って一言、「要らんことせん」。

01 銀行の窓口で渡された、厚いパンフレット
4年目の冬、店の口座のことで銀行に行くと、窓口の人に声をかけられました。「三平さん、資産運用はお考えですか」。渡されたのは、厚い、つやのあるパンフレットでした。『プロが厳選』『経験豊富な運用チームが、相場に合わせて機動的に売買』。
正直、心が動きました。僕は美容師です。株のことは分からない。プロが選んで、プロが売買してくれるなら、それが一番安全ではないか。素人の僕が平均を買って持っているだけより、ずっと賢いのではないか。
朝の受付で、パンフレットを何度も読み返しました。写真も、言葉も、きれいでした。手数料の欄だけが、小さな字でした。値段のことは最後のページに、ひっそりと。どこかで見た作りでした。志波ファンドの資料も、数字より写真が多かった。
プロに任せれば勝てる。あの冬の僕は、そう思いかけていました。
手数料の欄だけが、小さな字だった。
プロが選んでくれるなら安心。あなたも、そう思っていませんか?
02 プロの約8割は、『何もしない平均点』に負けている
講座の第4回と第5回で、楊さんが何度も言っていた数字があります。プロが銘柄を選んで売買する投資信託(アクティブ型)のうち、長い期間で市場の平均(指数)を上回れるのは約2割。つまり、約8割は平均点に負けている。
理由は、はっきりしています。手数料です。プロが売買する分、調べる分、人を雇う分が、毎年の手数料として引かれる。相手の『平均点』は、誰も選ばず、売買もせず、手数料が小さい。勝負をする前から、プロは重りを付けて走っている。
もう1つ、楊さんが言っていたこと。「今年勝った1本が、来年も勝つとは限らない」。相場が変わればやり方が合わなくなり、運用する人も代わる。去年の成績表は、来年の約束ではない。
ではその『約8割が負ける相手』は何か。市場の平均を買って、何もしない。それだけです。プロが8割負ける相手は、何もしない人でした。
そして、素人が自分で売買したら、どうなるか。素人は上がったら買い、下がったら売る。プロでも負ける相手に、素人が売買で挑めば、結果は想像がつきます。
8割が負ける相手は、何もしない人。
03 楊さんが笑って言った「要らんことせん」
カフェでパンフレットを見せると、楊さんは手を上げて笑いました。「要らんことせん」。福岡弁で、余計なことをするな、という意味です。この年の春に聞いた言葉が、もう一度出てきました。
「売買したからといって、勝てるわけじゃない。世の中のプロの8割が負けている。手数料が高いから負ける。だったら、何もしないほうがいい。プロは、運用しないほうがむしろ勝てる可能性が高い。これは皮肉じゃなくて、記録」。
「先生たちのチャートはね、経験則。読めないものを読もうとしている。読めない前提で考えるなら、人間の判断を減らすほうがいい」。楊さんは、パンフレットの『機動的に売買』の所を指で叩きました。「機動的、というのは、判断を増やすということ」。
僕は聞きました。「じゃあ、僕にできることは何ですか」。楊さんは短く言いました。「平均点を買って、持っとく。それだけ。勝とうとしないこと。勝とうとしない人が、結果として、勝とうとした8割の上にいる」。
勝とうとしない人が、8割の上にいる。
04 10本のうち、約8本が負ける図
楊さんの話を、10本の投資信託の絵にしました。赤が平均点に負けた本数、緑が勝った本数です。

この図で、1つだけ誤解しないでほしいことがあります。平均点を買えば『負けない』のではありません。市場全体が下がる年は、平均点も下がります。前の話の『半分になった』も、平均点の話でした。それでも、座れる席の中では、平均点が一番ましな席でした。
平均点が強いのは、『平均より下に行く理由』が少ないからです。高い手数料、頻繁な売買、人の判断。この3つが、平均から下へ引っ張る力です。平均点には、この3つがほとんどない。
つまり『素人が勝てますか』への答えは、こうなります。勝とうとする勝負には出ない。平均を取る。 それが、素人にできる一番賢い形でした。
平均より下に行く理由を、持たない。
05 パンフレットを返して、目標を書き換えた

次の週、僕は銀行にパンフレットを返しに行きました。窓口の人には「今は、市場の平均を持つ以外のことはしないと決めました」とだけ伝えました。悪い人ではありません。ただ、その人の仕事は売ることで、僕の仕事は髪を切ることです。
ノートの目標も書き換えました。『増やす』から『平均を取る』へ。そして、投資にかける時間を『月に1回、残高を見るだけ』と決めました。残りの時間は、ハサミを持つ時間です。
妻に話すと、こう言いました。「プロに勝とうとしないなら、私にもできそう」。この一言は、5年目に妻自身が動き出す入口になります。
和子さんは、少し困った顔で言いました。「私、窓口で勧められた毎月お金が入るやつ、持ってます」。その話は、次の話で書きます。手数料と『毎月分配』の中身を、僕も和子さんと一緒に調べることになりました。
売る人の仕事と、髪を切る僕の仕事は、違う。
06 今日やること:勧められた物の横に、1つ書く
今日やることは、1つだけです。持っている商品、または勧められた商品の名前の横に、『誰かが選んで売買する物』か『市場の平均』か、どちらかを書いてください。 パンフレットに『厳選』『機動的』『プロが』とあれば、前者です。
前者だった場合、手数料の欄を探して、年に何%引かれるかを書き足してください。小さな字で書いてあります。売るのをすすめているのではありません。持っている物の正体を知る。それだけです。名前の横の1語で、手数料の読み方が変わります。
次の話は、4-9「100万円預けて、毎年1万5千円が勝手に消える」です。和子さんの『毎月お金が入るやつ』を一緒に調べたら、自分のお金が配られていた話です。
まず、何を持っているかを知る。
情報元
- 講座 第4回「投資信託とETFの基本」・第5回「インデックス投資とは何か」 | アクティブ型で指数に勝てるのは約2割/手数料が高いから負ける/今年勝っても来年は分からない/プロは運用しないほうが勝てる可能性が高い(講義ノートより)
- 講座 応用編「値動きは読めない前提で考える」(先生たちのチャートは経験則)・第10回「人間の判断を減らす」・第2回「素人は上がったら買い、下がったら売る」
※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)



