第1部 1年目 どん底で、考え方を変える 第5話
店のお金300万円が、3か月で消えた
最初の2か月は配当が来た。3か月目に遅れ、秋に志波さんと連絡が途絶える。入れた300万円は、店の口座から出したお金だった。経営の強みが、投資では弱みになる。

01 3か月目の朝、通帳に何も印字されなかった
10月の末。朝、銀行のATMで通帳を記帳しました。8月と9月は、「配当」として15万円が、月の初めに入っていました。300万円の5%。手紙に書いてあった通りの額でした。
3か月目は、印字が1行も増えませんでした。志波さんにLINEをすると、1時間後に返事が来ました。「今月は、海外の送金が遅れています。来週には」。僕は「了解です」と返しました。
来週は、来ませんでした。11月に入って、電話は呼び出し音が鳴るだけになり、やがて「現在使われておりません」に変わりました。名刺の住所を訪ねると、ドアに社名はなく、郵便受けにチラシが溜まっていました。
帰りの車の中で、僕はやっと、自分がしたことの大きさを思い出しました。入れた300万円は、店の口座から振り込んだお金でした。薬剤の仕入れと、家賃と、3人の給料が出ていく口座です。
あなたの店の口座に、来月の支払いの分は、今、ありますか?
300万円は、店の口座から出したお金だった。
02 店のお金が消えると、止まる順番がある
300万円は、僕の店にとって、どれくらいの額だったか。年商2,000万円で利益が200万円なら、1年の経費は1,800万円。月にならすと、およそ150万円です。つまり300万円は、店の支払い2か月分でした。
2か月分の配当30万円は、僕の口座に残っていました。でも、それは運用の利益ではありません。僕が入れた300万円の一部を、僕に戻しただけのお金だったと、あとで知りました。
店のお金が消えると、止まる順番があります。最初に止まるのは、仕入れです。カラー剤とパーマ液の発注を、僕は月末に1回まとめてしていました。その発注の金額が、残高を超えていました。
次に、家賃。そして、給料。ナオミさんも和子さんも、マリさんの後に入った塚ちゃんも、給料日を基準に生活しています。僕の失敗で、3つの家庭の給料日が揺れる。初めて、「お金がない」の本当の意味を知りました。
それまでの僕にとって「お金がない」は、通帳に何も残らない、という意味でした。本当の意味は、違いました。来月、払うべき人に払えない。それが、お金がない、ということでした。
お金がないとは、払うべき人に払えないこと。
03 夜の台所で、妻は怒らなかった

その夜、妻に全部を話しました。志波さんと連絡が取れないこと。300万円が店の口座から出ていたこと。来月の仕入れが、払えないかもしれないこと。話し終わるまで、妻はお茶を一口も飲みませんでした。
妻は、怒りませんでした。聞いたのは、1つだけでした。「それ、店のお金だったの?」。僕は「うん」と答えました。妻は長く黙ってから、「給料は、先に出して」と言いました。自分のパート代を、仕入れに回すと。
翌日、僕はマリさんの件でお世話になった弁護士に電話をしました。そして、金融サービス利用者相談室と、消費者ホットライン188にも。答えは、どこも似ていました。「被害の届け出はできます。ただ、お金が戻るかは、分かりません」。
柴先生にも会いに行きました。先生は、玄関で深く頭を下げました。「すまん」。先生も、退職金の半分を失っていました。僕は先生に、何も言えませんでした。言える立場では、なかったのです。
妻は怒らず、「給料は先に」と言った。
04 経営の強みは、投資では弱みになる
なぜ、8年店を回してきた僕が、こんな単純な話に300万円を入れたのか。あとで楊さんの講座で、答えをもらいました。「経営の強みが、投資では弱みになる」。表にすると、僕の失敗は、きれいに3行に並びました。

経営者は、集中します。店1本に、全力を注ぐ。決めたら、早い。人を信じて、動く。この3つで、僕の店は8年回ってきました。ところが投資では、全部が逆です。分散する。急がない。登録と記録で確かめる。
楊さんの言葉で言えば「ビジネスは集中、投資は分散」。僕は、店をやる癖のまま、1つの話に、全部を、2週間で、恩師の名前だけで入れました。経営では正しい動きが、投資では一番危ない動きでした。
そしてもう1つ。1か月先に使うお金は、投資に回さない。生活費6か月分は、現金で持つ。楊さんは「このお金は5年10年放置できるお金か」と、入れる前に自分に聞きなさいと言います。僕の300万円は、来月の仕入れでした。
店をやる癖のまま、投資をしていた。
05 通帳の1ページ目に、紙を1枚はさんだ

仕入れは、妻のパート代と、僕の個人の口座の残りで、なんとか払いました。カラー剤の一部を、安い物に変えました。その月の給料は、1日も遅れずに出しました。
出せた日、ナオミさんが小さな声で聞きました。「社長、何かあったんですか。顔が、ずっと変でした」。僕は「もう大丈夫」とだけ答えました。この「大丈夫」は、通帳を閉じるための物ではなく、給料を出した後の物でした。
僕が変えたのは、1つです。通帳の1ページ目に、紙を1枚はさみました。書いてあるのは「来月の支払い」の合計。給料と、家賃と、仕入れ。この額より下には、どんな理由があっても、下ろさない。金額の下に、もう1行あります。「これは、誰かの給料日」。
紙は、今も妻が毎月書き換えています。僕が書くと、甘くなるからです。300万円は、戻りませんでした。戻ってきたのは、この紙1枚と、「お金がない」の本当の意味だけでした。
この額より下には、何があっても下ろさない。
06 今日やること:「来月の支払い」を、1つの数字にする
今日やることは、1つだけです。来月、店から出ていくお金を全部足して、1つの数字にしてください。 給料、家賃、仕入れ、光熱費、借入の返済。その数字を、今の店の残高の横に書きます。
残高がその数字より少なければ、投資の話を聞く前に、やることがあります。残高が上回っていても、その差額は「余ったお金」ではありません。次の月の支払いです。投資に回していいのは、その先の、5年10年置いておけるお金だけです。
次の話は、1-6「『生える』は、言ってはいけない言葉だった」です。店の売上だけでは無理だと思った僕が、別の会社を作ろうとして、楊さんに出会う話です。
余ったお金ではなく、次の月の支払い。
情報元
- 講座 第13回「経営の強みが投資の弱み」「ビジネスは集中、投資は分散」・第3回「生活費6か月分は現金」「このお金は5年10年放置できるお金か」(講義ノートより)
- 店の支払い 月およそ150万円 | 年商2,000万円−利益200万円=経費1,800万円÷12か月(三平の場合の試算)
- 相談先 | 金融サービス利用者相談室(金融庁)・消費者ホットライン188
※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)
投資の被害に気づいたときは、金融サービス利用者相談室(金融庁)・消費者ホットライン188にご相談ください。



