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この話は、三平の2年目の話です(全体の地図を見る →)

第2部 2年目 財布と会社を整える 第9話

借りて投資。その話、崖です

「借りて市場に入れれば早いよ」。志波ファンドの傷が癒えない僕に、また話が来た。楊さんは首を振った。「下がったら追加のお金か強制売却。ギリギリまで借りない」。

晴れた日の海の崖に立つ男の後ろ姿

01 新年会の帰り道、「早いよ」と言われた

2年目の1月。ディーラーの新年会の帰り、隣町で2店舗やっている先輩と、駅まで歩きました。発表会の話をすると、先輩は笑いました。「三平くん、備えとか言ってたら、一生かかるよ」。

「店の融資枠、余ってるでしょ。低い金利で借りて、市場に入れておけば、金利より増える。株を持ったら、それを担保にまた借りられる。早いよ」。

正直に書きます。心が動きました。志波ファンドで消えた300万円が、まだ胸の中にあった。あの300万円を、早く取り返したい。先輩の話は、その気持ちにぴったりはまる形をしていました。

家に帰って、未来の口座の通帳を開きました。残高は、80万円。先輩の言う「早さ」と比べると、あまりに遅く見えました。先輩の店は、僕の店より売上も大きい。「できる人の言うことだから」と、僕はまた思いかけていました。柴先生のときと、同じ入口でした。

取り返したい気持ちに、ぴったりはまる話だった。

「早く取り返したい」と思ったことは、ありませんか?

02 借りて買った人は、下がった日に逃げ場がない

放っておくと、何が起きるか。市場は下がる日があります。アメリカの代表的な500社の平均(S&P500)でさえ、ITバブルとリーマンで約半分、コロナで34%、利上げで25%下がりました。そして過去の記録では、全部、戻っています。

ただし「戻った」のは、売らずに持っていた人の話です。借りて買っていた人は、下がった日に、追加のお金を入れるか、持っている物を売られます。戻る前に、損が確定する。借金だけが残ることもあります。

講座で最初に教わった数字が、ここで効きます。50%下がると、元に戻すには100%増やす必要がある。半分になった物を、2倍にして、やっと元です。借りていなければ、待てばいい。借りていると、待つことを許してもらえない。

もう1つ。回復には、時間がかかります。講座の年表では、アメリカの成長企業100社の指数は、ITバブルで7割下がり、元の高さに戻るまで約10年かかりました。10年、借金の利息を払いながら待てる人は、ほとんどいません。先輩の話にも、下がった日の話は、1回も出てきませんでした。

借りていれば、待たせてもらえない。

03 「その話、崖だよ」

冬の川べりのベンチに並んで座る2人の後ろ姿

翌週、楊さんに会いました。川べりのベンチ。川は、冬の光で白く光っていました。先輩の話をそのまま伝えると、楊さんは首を振りました。「その話、崖だよ」。

「持っている株を担保に、お金を借りられる仕組みはある。要るときに株を売らずに済むから、これは自分の銀行になる。でも、ギリギリまで借りたら、下がった日に追加のお金か、強制売却。同じ仕組みが、崖になる」。

「自分の銀行と崖の違いは、何ですか」「借りる量だよ。下がっても追加のお金を入れなくて済む範囲なら、銀行。それを超えたら、崖。だから、ギリギリまで借りない」。

そして、僕の顔を見て言いました。「三平くんは、まだ株を持っていない。今は、備えを置く段階。借りて買う人は、相場に売らされる。素人は上がったら買い、下がったら売る。借りている人は、売りたくなくても、売らされる」。

僕は、取り返したい気持ちをそのまま話しました。楊さんは静かに言いました。「取り返すために入れたお金は、志波ファンドの時と同じ場所にいる。その気持ちが、次の崖だよ」。

自分の銀行にも、崖にもなる。違いは、借りる量。

04 下がった日に、起きること

楊さんの話を、表にしました。同じ下げ幅でも、借りていない人と、ギリギリまで借りた人では、起きることがまるで違います。

下がった日に起きることの表:10%下がる(戻すのに11%)・30%下がる(43%)・50%下がる(100%)。借りていない人=持っているだけ・売らずに済む・過去の記録では戻ってきた。ギリギリまで借りた人=枠が縮む・追加のお金を求められる・強制売却で損が確定

10%下がる。借りていない人は、持っているだけです。借りた人は、担保の価値が減り、借りられる枠が縮みます。

30%下がる。借りていない人は、こわい。でも、備えの現金があれば売らずに済みます。借りた人は、追加のお金を求められ、出せなければ一部を売られます。

50%下がる。借りていない人は、過去の記録では、時間はかかっても戻ってきました。借りた人は、強制売却で損が確定し、借金だけ残ることもある。表の右の列は、志波ファンドの時の僕と、同じ顔をしています。

借りる・借りないで、相場の動きは1ミリも変わりません。変わるのは、下がった日に「待てるかどうか」だけ。備えの現金は、待つための道具でした。

相場は同じ。違うのは、待てるかどうか。

05 先輩に、断った

崖の縁の草と、穏やかな海

次の週、先輩に電話で断りました。「僕はまだ、置く段階なので」。先輩は「真面目だねえ」と笑って、それきりでした。悪い人ではありません。先輩には先輩の店の数字があり、僕には僕の数字がありました。

僕が変えたのは、2つです。1つ目、志波ファンドの300万円を「取り返す物」から「授業料」に変えた。ノートの最初のページに、そう書き直しました。2つ目、店の融資枠は、店の運転資金のためだけに取っておくと決めた。市場に入れるお金は、未来の口座からだけ。融資枠は、腰のような日のためにある。増やすためではなく、止まらないためのお金です。

妻には、先輩の話も、断った話もしました。妻は洗い物をしながら言いました。「取り返したい、って、もう一回負ける人の口ぐせだよ」。僕は、何も言い返せませんでした。

取り返したい、は、もう一回負ける人の口ぐせ。

06 今日やること:「下がった日に、僕は何を求められますか」と聞く

今日やることは、1つだけです。「借りて増やす」話が来たら、質問を1つだけしてください。 「下がった日に、僕は何を求められますか?」。

答えが「追加のお金か、売却」なら、それは崖です。答えがあいまいなら、相手も分かっていません。どちらでも、その日は何も決めなくて大丈夫です。先輩の話も、志波ファンドの話も、「今日決めないと」と急かす形をしていました。質問の答えを、紙に書いてもらうのも手です。口で「大丈夫」と言う人ほど、紙には書きません。

次の話は、2-10「たった120万円。でも初めて、通帳が怖くなかった」です。2年目の最後の日、未来の口座の通帳を、妻と一緒に開きます。

急かす話ほど、その日に決めない。

情報元

  • 講座 応用編「証券担保ローンの仕組みとリスク」(講義ノートより)
  • 講座 第1回「50%下がると、戻すのに100%要る」・第11回「S&P500はITバブル・リーマンで約半分、コロナで34%下落、利上げで25%下落。全部回復した」「NASDAQ100は7割下がり、回復に約10年」(講義ノートより)
  • 講座 第2回「素人は上がったら買い、下がったら売る」(講義ノートより)

※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)