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この話は、三平の3年目の話です(全体の地図を見る →)

第3部 3年目 売上より利益。身軽にして現金化 第7話

家を持つ見栄、本当はかっこ悪くないですか?

固定資産税の紙を持って、家を見上げた朝。「一国一城の主」の言葉が僕を縛っていた。楊さんの「シンプルイズベスト」と、妻の一言で、見栄の正体が見えた話。

朝の住宅街。自分の家を見上げる三平の後ろ姿

01 固定資産税の紙を持って、家の前に立った朝

3年目の春。店に行く前に、郵便受けから固定資産税の紙を取り出しました。僕はそれを持ったまま、道路に出て、自分の家を見上げました。

この家を買ったのは、36歳のときです。契約の夜、田舎の親に電話をしました。「家、買ったよ」。母は泣きました。父は「一国一城の主やな」と言いました。あの電話が、僕の人生でいちばん誇らしい電話でした。

同窓会でも、気持ちよかった。「店も持って、家も建てて、すごいね」。僕は「いやいや」と笑いながら、背筋が伸びていました。美容師になった18歳の僕に見せてやりたい。そう思っていました。

でもその朝、紙を握って家を見上げていた僕は、こう思ったのです。この家は、誰のために持っているのだろう。妻のため? 息子のため? それとも、同窓会のテーブルのため?

一国一城の主。その言葉が、僕を縛っていた。

あなたの家は、誰に見せるために持っていますか?

02 見栄のために持ち続けると、何が起きるか

3-3で、僕は家の数字を数えました。固定資産税、修繕の積み立て、ローンの利息。家は、住んでいるだけで毎月お金が出ていく物でした。これは見栄とは関係なく、ただの事実です。

では、見栄のために持ち続けると、何が起きるか。出ていくお金を、見ないようにします。「家は財産だから」と言い聞かせて、修繕を先送りします。僕もそうでした。雨どいの修理を2年、外壁の塗り替えを4年、見なかったことにしていました。固定資産税だけでも、僕の家は年に十数万円。10年なら百万円を超えます。そして老後、売れない・直せない・残せないの3つが、同時に来ます。

昭和の頃は、違いました。人口が増え、家が足りなかった。持っていれば値段が上がり、子に残せば子が助かった。親たちの「家を持て」は、あの時代には正しかったのです。

今は、統計が別のことを示しています。2025年、団塊の世代が全員75歳以上になりました。空き家は約900万戸、7戸に1戸です(2023年)。家が余る時代に、「持っていれば上がる」は、もう当たり前ではありません。上がるか下がるかは、僕には分かりません。分かるのは、親の時代の答えを、そのまま使えないことだけです。

残す側の話も、同じでした。相続のときの税金や手続きは、家ごとに違います。僕は税理士に聞きました。返ってきたのは「残せば助かる、とは限りません」という一言でした。

家は、持っている間ずっと、請求書を送ってくる。

03 定食屋のカウンターで、楊さんに聞いたこと

定食屋のカウンターに並んで座る、三平と楊さんの後ろ姿

その週の昼、楊さんと定食屋のカウンターに並びました。僕は正直に言いました。「家を売るのは、なんだか負けた気がするんです」。

楊さんは、味噌汁を一口飲んでから言いました。「三平さん。かっこいいのは、どっちやろうね。ローンを抱えて毎月ギリギリの人と、動かせるお金を持っていて、いつでも引っ越せる人」。

僕は答えられませんでした。楊さんは続けました。「講座で言うたやろ。シンプルイズベスト。持ち物が少ない人ほど、強い。迷う回数が減るけんね」。

そして、1年目に習ったことを、もう一度聞かれました。「資産は何やった?」「お金を生む物です」「負債は?」「お金が出ていく物です」「じゃあ、三平さんの家は?」。僕は、箸を置きました。「……出ていく物でした」。

楊さんは笑いませんでした。「昭和のお父さんたちは、家を残せば子が助かった。人口が増えて、家が足りんかったけん。でも、息子さんは東京に出るんやろ。福岡の家を残されて、喜ぶかな」。

見栄は、お金を生まない。

04 昭和の物差しと、今の物差しで答え合わせ

家に帰って、楊さんの言葉を表にしました。親の時代の考え方と、僕が決め直した考え方を、5つの物差しで並べたものです。

昭和の考え方と今の考え方の比べ表:家(持ってこそ一人前/数字で決める)・資産(持っている物すべて/お金を生む物だけ)・残す物(家と土地/動かせるお金)・安心(自分の家がある/動かせるお金がある)・人口(増える/減る・空き家約900万戸)

左の列は、否定するための物ではありません。あの時代、親たちはその物差しで家族を守りました。大事なのは、右の列が「正解」ではないことです。持つか借りるかは、家ごと、家族ごとに違います。親と同居する人、店の2階に住む人、土地を仕事に使う人。その人には、その人の答えがあります。

僕が変えたのは、答えではなく、決め方でした。「一人前だから持つ」ではなく、数字で決める。「財産だから残す」ではなく、残される人の人生で決める。講座の第15回で楊さんが言った「シンプルイズベスト」は、持ち物の話であり、決め方の話でもありました。

そしてもう1つ。安心の置き場所です。昭和は「自分の家がある」が安心でした。僕の場合は、「動かせるお金がある」のほうが、妻と安心して暮らせると気づきました。家は、動かせません。

答えを変えたのではなく、決め方を変えた。

05 ノートに書いた「本当に持ちたい物」

ノートに書き込む手元。横に家の鍵とコーヒー

その夜、僕はノートに「本当に持ちたい物」を3つ書きました。妻と安心して暮らせる毎月のお金。いつでも動ける身軽さ。息子に迷惑をかけない残し方。書き終えて気づきました。3つの中に、家が入っていない。

ノートを妻に見せました。妻はしばらく黙って読んでから、言いました。「私、家より、あなたが夜まで働かなくていいほうがいい」。僕は、何も返せませんでした。8年間、見栄を張っていた相手は、同窓会のテーブルではなく、妻だったのかもしれません。

翌月の同業の集まりで、僕は試しに言ってみました。「家、売ろうと思ってる」。笑われると思っていました。ところが、2人のオーナーが小さな声で「実は、うちも考えてる」と言ったのです。見栄の正体は、みんなが同じ見栄を張っていることでした。帰り道、肩が少しだけ軽くなっていました。

見栄を張っていた相手は、妻だった。

06 今日やること:「本当に持ちたい物」を3つ書く

今日やることは、1つだけです。紙に「本当に持ちたい物」を3つ、書いてください。 お金でも、時間でも、人でも構いません。

3つの中に家が入っているなら、あなたの家は本物です。胸を張って持ち続けてください。入っていなかったら、その家は誰のための物か、一度だけ考えてみてください。答えは急がなくていい。僕も、この夜から半年かかりました。書いた紙は、冷蔵庫に貼ってください。見栄は、見えない所でだけ育ちます。

次の話は、3-8「『その時』は来ない。僕は今、売った」です。「いつか売る」と「今売る」の間で迷った僕が、妻と決めた話です。

紙に書いた3つの中に、家はあるか。

情報元

  • 75歳以上の人口 約2,180万人(2025年・団塊の世代が全員75歳以上) | 厚生労働省の資料
  • 空き家 約900万戸・空き家率13.8%(2023年) | 総務省「住宅・土地統計調査」
  • 講座 第15回「シンプルイズベスト」・第3回「資産にはそれぞれ役割がある」(講義ノートより)

※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)