第4部 4年目 要らんことせんの投資 第3話
年金だけで老後。本気で言ってますか?
8年間読まずに捨てていた『ねんきん定期便』。公的な見通しを読んだら、年金は「なくなる」ではなく「減って、遅くなる」だった。国民年金だけで、月いくら足りないか。

01 誕生月に届く、1通の封書
45歳の誕生月でした。店の休憩室で、昼のおにぎりを食べながら、僕は1通の封書を開けました。『ねんきん定期便』。毎年届いていたのに、8年間、一度も中を見ずに引き出しへ入れていた紙です。
書いてあったのは、これまでに納めた月数と、このまま60歳まで納めた場合の見込み額でした。僕は20年以上、国民年金だけでした。法人にして厚生年金に入ったのは、2年目から。だから見込み額は、国民年金の満額に、ほんの少し上乗せがあるだけ。月に7万円と、数千円。
隣で弁当を食べていた塚ちゃんが、のぞき込んで言いました。「三平さん、それ、僕らの年になってももらえるんですか」。僕は答えられませんでした。自分の額も、塚ちゃんの頃の年金も、何も知らなかったのです。
老後は年金で。そう言いながら、僕は自分の年金の額を知らなかった。『年金だけで老後』と口にする人の多くは、たぶん僕と同じです。
8年間、読まずに引き出しへ入れていた。
あなたは、自分の見込み額を、今すぐ口に出して言えますか?
02 年金は、なくならない。でも、減る
楊さんに言われて、僕は厚生労働省の『財政検証』を読みました。5年に1回、公的年金がこの先どうなるかを国が計算して公表する資料です。新聞の見出しではなく、元の資料を読む。これは楊さんの口ぐせでした。
2024年の検証では、現役世代の手取りに対して年金がどれくらいの割合か(所得代替率)は、2024年度で61.2%でした。これが、経済が過去30年と同じように進む前提では、2057年度に50.4%まで下がる見通しです。基礎年金(国民年金にあたる部分)だけを見ると、36.2%から25.5%へ。経済が良い前提なら、下がり方はもっと小さい。前提で変わる数字なので、決めつけはしません。
支える人の数も見ました。65歳以上の1人を支える現役世代は、1950年に12.1人。今は2人ほど。2070年には1.3人になる見通しです(国の将来推計人口)。
受け取り始めは、今は原則65歳です。これが遅くなるかは決まっていません。ただ、75歳まで遅らせて受け取る選択肢が2022年に広がりました。『遅く受け取る』ほうへ、道が整えられている。僕はそう受け取りました。
つまり年金は、なくなるのではない。減って、遅くなる方向に、公的な見通しが引かれている。 それが、元の資料を読んで分かったことでした。
なくなるのではなく、減って、遅くなる。
03 楊さんの『土台と2階』

「読んだかね」。カフェで楊さんは、僕が持ってきた資料を見て笑いました。「年金はね、国の貯金箱じゃない。今働いている人が、今の高齢者を支える仕組み。支える人が減れば、1人分は薄くなる。当たり前のことが、書いてあるだけ」。
僕は聞きました。「じゃあ、年金はあてにならないんですか」。楊さんは首を振りました。「あてにならない、じゃない。あてにする量を間違えるな、ということ。年金は土台。土台の上に、自分で2階を建てる。2階がない人が、『年金だけで老後』と言っている」。
そしてノートに、2本の棒を描きました。左は年金。右は生活費。右のほうが、ずっと高い。「この差を埋めるのが、君の2階。差が分かれば、怖くない。分からないから、怖い」。
楊さんは最後に、講座でよく言う言葉を足しました。「投資は、人生をハッピーにする手段だよ。年金を責めるためにやるんじゃない」。
年金は土台。2階は、自分で建てる。
04 国民年金だけだと、月いくら足りないか
家に帰って、僕は妻と電卓を叩きました。国民年金の満額は、1人あたり月69,308円(2025年度)。夫婦2人とも満額でも、138,616円です。

一方で、僕の家の生活費は、家賃、食費、光熱と通信、保険と医療、その他を足して月25万円ほど(試算)。差は月に約11万円。年に約133万円。65歳から85歳までの20年で、約2,660万円です。
この数字を見たとき、序章で書いた『3,000万円』の意味が、初めて体でつながりました。年金を責めるための数字ではなく、この穴の大きさを知るための数字だったのです。
ひとつ補足します。会社員で厚生年金に長く入っていた人は、基礎年金と合わせて平均で月約15.1万円(2023年度末・財政検証の資料)。僕より穴は小さい。でも、生活費との差がゼロの人は、たぶんいません。
穴の大きさが分かれば、埋め方を考えられる。
05 妻と作った、1枚の表
その週末、僕は妻と1枚の表を作りました。左に『65歳からの毎月の入り』。年金の見込み額を、ねんきんネットで2人分確かめて書きました。右に『65歳からの毎月の出』。今の生活費から、子どもの学費と店の経費を引いた額です。
妻は表を眺めて、しばらく黙っていました。それから言いました。「足りない額が分かったら、逆に怖くなくなった。今までは、分からないまま怖がってた」。
翌週、店でこの話をすると、和子さんが笑いました。「私も定期便、見ずに捨ててました。51歳でこれじゃ、まずいですね」。ナオミさんは、その日の帰りにねんきんネットの登録をしたそうです。
僕はまだ、1円も投資をしていません。でもこの年、『いくら足りないか』を家族で知ったことが、次の一歩の土台になりました。
分からないまま怖がるより、数字で怖がる。
06 今日やること:見込み額を、1つ書き写す
今日やることは、1つだけです。『ねんきん定期便』か『ねんきんネット』で、自分の年金の見込み額を1つ、紙に書き写してください。 誕生月に届くハガキか封書。手元になければ、ねんきんネットで見られます(登録の手順は日本年金機構のサイトにあります)。
書き写したら、その横に今の生活費を書いてください。引き算は、まだしなくて大丈夫です。2つの数字が並んだ紙を、店の引き出しに入れておく。それだけで、老後の話が『気分』から『数字』に変わります。
次の話は、4-4「現金は毎年2%ずつ減ってる。知ってました?」です。年金の穴を埋めるために貯めた1,000万円が、通帳の中で静かに減っていた話です。
老後の話を、気分から数字に変える。
情報元
- 厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果」(2024年7月3日公表) | 2024年度の所得代替率61.2%、過去30年投影ケースで50.4%(2057年度)、基礎年金部分36.2%→25.5%、基礎年金+厚生年金の平均 月約15.1万円(2023年度末)
- 日本年金機構「令和7年度の年金額」 | 国民年金の満額 月69,308円/繰下げ受給の上限年齢75歳(2022年4月から)
- 内閣府「高齢社会白書」・国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」 | 65歳以上1人を支える15〜64歳の人数(1950年12.1人、2070年1.3人の見通し)
- 講座 第3回「資産にはそれぞれ役割がある」・第14回「家族のお金と資産運用のルール」(講義ノートより)
※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)



