第4部 4年目 要らんことせんの投資 第5話
「株は危ない」と教えた人は、誰ですか?
父の口ぐせ「株だけはやるな」。父は株を持ったことがなかった。日本の家計は半分近くが現金・預金、アメリカは半分以上が株と投資信託。「株=悪」は風潮であって、事実ではなかった。

01 父のそろばんと、正月の話
僕の父は、そろばんで家計をつける人でした。給料日に銀行へ行き、封筒に分けて、残りは定期預金。正月に親戚が集まると、決まって出る話がありました。『株で家を失った』叔父の話です。僕は小学生の頃から、その話を聞いて育ちました。
「株だけは、やるな」。父の口ぐせでした。父は株を持ったことがありません。叔父がどんな株を、どう買ったのかも、誰も知りませんでした。それでも我が家では、『株=危ない』は、空気のように決まっていました。
4年目の僕は、まだその空気の中にいました。志波ファンドで300万円を失ったあとは、なおさらです。「ほら、やっぱり投資は危ない」。父の声が、頭の中で何度も鳴りました。
でも、楊さんに言われて、僕は1つの質問を自分にしました。『株は危ない』と教えた人は、株を持っていたか。父は、持っていませんでした。
教えた人は、株を持っていなかった。
あなたに『株は危ない』と教えた人は、誰ですか?その人は、持っていましたか?
02 日本の『常識』は、世界の常識ではなかった
日本銀行が、日本・アメリカ・ユーロ圏の家計のお金の置き場所を比べた資料を出しています。2026年3月末の数字で、日本の家計の金融資産は、47.2%が現金・預金。株式等と投資信託を足しても23.6%です。
アメリカは逆でした。現金・預金は10.7%。株式等と投資信託を足すと56.7%。家計のお金の半分以上が、株と投資信託に置かれています。ユーロ圏はその中間で、現金・預金31.1%、株式等と投資信託37.6%でした。
どちらが正しい、という話ではありません。割合は株価や為替で動きます。ただ、はっきりしたことが1つありました。『株=悪』は、日本の風潮であって、世界の事実ではなかった。
そして前の話で見たとおり、現金で置いた1,000万円は、物価が上がれば買える量が減ります。『危ない』の中身を、僕は取り違えていました。値段が動くのが危ないのか。買える量が静かに減るのが危ないのか。
ついでに言うと、僕が志波ファンドで失ったのは、株ではありません。登録のない業者に、確かめずにお金を送ったことです。危なかったのは株ではなく、確かめなかった僕でした。
『株=悪』は風潮で、事実ではなかった。
03 バフェットの遺言と、楊さんの『兵隊』

楊さんは、タブレットに日米の図を出して言いました。「アメリカでは、株を持つのが当たり前。日本では『株=悪』の風潮がある。その考え方のままだと、この先が大変になる。私はそう思っている」。
そして、1つの話をしてくれました。世界一の投資家と言われるウォーレン・バフェットが、2013年の株主への手紙に、自分の死後の妻のお金について書いた指示です。『90%をアメリカの代表的な500社の平均(S&P500)に連動する低コストの指数へ、10%を短期の国債へ』。世界一の人が、妻には『平均を持て』と書いた。
「株は兵隊だよ」と楊さんは言いました。「君の代わりに、会社の中で働く兵隊。1社だけだと、その1社が倒れたら終わり。500社の平均なら、1社が倒れても、残りが働く。危ないのは株じゃない。1社に全部を賭けることと、知らないまま持つこと」。
「素人は、上がったら買って、下がったら売る。それが一番危ない。だから、売り買いをしない形で持つ」。僕の父が見た叔父は、たぶん、上がった時に買って、下がった時に売った人だったのだと思います。
危ないのは株ではなく、知らないまま持つこと。
04 家計のお金の置き場所を、3つの地域で比べる
楊さんが見せてくれた図を、僕なりに描き直しました。日本・アメリカ・ユーロ圏の家計が、お金をどこに置いているかです。

見てほしいのは、金色の2か所です。日本は現金・預金が半分近く。アメリカは株と投資信託が半分以上。同じ『家計』でも、置き場所がここまで違う。
僕はこの図を、父に見せたかった。父の時代、日本の預金には今よりずっと高い利息が付いていました。父のやり方は、父の時代には正しかった。ただ、時代が変わっても、口ぐせだけが残った。それだけのことです。
投資は悪ではない。これからは、当たり前にする時代になるべきだ。楊さんはそう言い、僕も4年目にようやく、父の口ぐせを手放しました。
口ぐせは、時代より長く生きる。
05 塚ちゃんと、閉店後の30分
その週、閉店後に塚ちゃんが聞いてきました。「三平さん、最近、投資の本を読んでますよね。株って、危なくないんですか」。塚ちゃんの親も、『株だけはやるな』と言っていたそうです。
僕は、楊さんの受け売りをそのまま話しました。危ないのは株ではなく、1社に全部を預けることと、中身を知らずに持つこと。アメリカの家計は半分以上が株と投資信託だということ。そして、世界一の投資家が妻に『平均を持て』と書いたこと。
塚ちゃんは言いました。「じゃあ、僕の親も、持ったことがないのに言ってたんですね」。僕はうなずきました。「うちの父もそう。悪気はない。時代が違うだけ」。
妻には、こう言われました。「お父さんの口ぐせ、あなたも言ってたよ。『株だけはやるな』って、去年まで」。そのとおりでした。風潮は、気づかないうちに自分の口から出ていたのです。
風潮は、自分の口からも出ていた。
06 今日やること:教えた人の名前と、持っていたかを書く
今日やることは、1つだけです。『株は危ない』と最初にあなたに教えた人の名前を書いて、その横に『その人は株を持っていたか』を○×で書いてください。 父、母、先輩、テレビ。誰でも構いません。
×が付いたなら、その言葉は経験ではなく、風潮です。○が付いたなら、その人が『どう持って、どう失ったか』を思い出してください。たいてい、1社に賭けたか、下がった時に売ったか、どちらかです。
次の話は、4-6「毎年10%? 違います。正直に言います」です。父の口ぐせを手放した僕が、次に電卓を叩いて、妻に笑われた話です。
その言葉は、経験か。風潮か。
情報元
- 日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較」(2026年8月31日公表・2026年3月末現在)図表2「家計の金融資産構成」 | 日本 現金・預金47.2%・株式等16.7%・投資信託6.9%/米国 現金・預金10.7%・株式等43.4%・投資信託13.3%/ユーロエリア 現金・預金31.1%・株式等25.5%・投資信託12.1%
- バークシャー・ハサウェイ「株主への手紙」(2013年) | 妻のための信託への指示(90%を低コストのS&P500指数ファンド、10%を短期国債)
- 講座 第5回「インデックス投資とは何か」(素人は上がったら買い、下がったら売る/株は兵隊/個別株は素人にすすめない)(講義ノートより)
※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)



