第4部 4年目 要らんことせんの投資 第7話
S&P500は半分になった。それでも戻った理由
『株価、急落』の見出しで、入れる前から売りたくなった僕。楊さんが広げた長い紙には、4回の崖と、4回の回復。「私がすごいんじゃない。過去を見たら、そうなっている」。

01 雨の夜、スマホの見出し
4年目の秋、雨の夜でした。最後のお客様を見送って、レジを締めながらスマホを見ると、見出しが並んでいました。『株価、急落』『世界同時安』。どこかの市場の、その日の話です。僕はまだ1円も入れていないのに、胃のあたりが冷たくなりました。
窓の外は、雨に濡れた街の灯り。僕は暗い店の中で、しばらく立っていました。頭に浮かんだのは、志波さんと連絡が取れなくなった、あの秋のことです。あれは『下がった』のではなく『消えた』のですが、体は同じ反応をしました。
前の話で、楊さんに『3割下がる年がある』と聞いていました。頭では分かっていた。でも見出しを1つ見ただけで、まだ持ってもいないのに、手放したくなっていた。
半分になる。その言葉を、僕はまだ本当の意味で受け止めていませんでした。
入れる前から、売りたくなっていた。
あなたは『半分になる』と聞いて、それでも持ち続けられますか?
02 暴落は、来る。来ないと思って始めた人が、退場する
先に、記録を書きます。アメリカの代表的な500社の平均(S&P500)は、過去に何度も大きく下がりました。2000年ごろのITバブルの崩壊で約半分。2008年ごろのリーマン・ショックで半分以上。2020年のコロナ・ショックで34%。2022年の急な利上げで25%。
つまり、暴落は『来るかもしれない』ではなく『来た』。4回とも。これから始める人にも、同じように来ると考えておくほうが自然です。
問題は、来た時に何をするかです。『来ない』と思って始めた人は、来た時に慌てて売ります。50%下がった所で売れば、損はそこで確定する。戻すには100%増やす必要があるのに、戻る前に席を立ってしまう。講座の1回目の言葉で言えば、『退場』です。
講座の第11回で、楊さんはこう言っていました。「売らなければ損はしない、は半分正しい」。半分正しいというのは、持ち続けた人には戻る機会があった、という意味です。もう半分は、その途中で急にお金が必要になったら、戻る前に売るしかない、という意味でした。
暴落は『来るかもしれない』ではなく、『来た』。
03 楊さんが広げた、長い1枚の紙

その週、楊さんは机の上に、長い1枚の紙を広げました。S&P500の、100年近い記録です。線は右肩上がりでした。でも、よく見ると、途中で何度も崖のように落ちている。
「ここがITバブル。ここがリーマン。ここがコロナ。ここが利上げ」。楊さんは指で崖をなぞりました。「全部、戻って、高値を更新している。私がすごいんじゃない。過去を見たら、そうなっている」。
「ただしね」。楊さんは、崖の底を指したまま言いました。「今、結果から見れば右肩上がり。だけど、この底にいる時の気持ちで、『買いだ』と思えるか。5年たっても戻っていない時期もある。戻るのに何年かかったか、という目で見なさい」。
「歴史的には、全部回復して、さらに高値を更新するのが世の常。でも、それは持ち続けた人の話。底で急にお金が要るようになった人、気持ちが揺れて売った人には、関係のない話になる。だから聞く。このお金は、5年10年、放置できるお金か」。
すごいのは私じゃない。過去の記録だ。
04 4回の暴落と、そのあと
楊さんの紙を、僕は1枚の表にしました。下がった幅は講座で聞いた数字、そのあとは記録です。

戻った理由を、楊さんは3つ挙げました。1つ、500社は固定ではなく、弱った会社は外れて、伸びる会社が入る。2つ、世界のお札の量は増え続けているので、会社の値段も長い目では上がる。3つ、人が生きるためのサービスは、暴落の最中も止まらない。
そして、こう締めました。「これからも同じ、とは約束できない。約束できるのは、過去の記録がこうだったこと。それと、途中で売った人は、この表のどこにもいないこと」。
表を作って気づいたのは、戻るまでの時間がばらばらなことでした。コロナの時はその年のうちに戻った。ITバブルとリーマンは、何年もかかった。『いつ戻るか』は、誰にも分からない。分かるのは、『戻るまで持っていられるお金かどうか』だけでした。
表のどこにも、途中で売った人はいない。
05 暴落の日に、僕がすることを1枚に書いた

僕は、暴落が来た日に自分がすることを、1枚の紙に書いて、店の奥の机の前に貼りました。1行目、見ない。2行目、売らない。3行目、生活費の6か月分が別にあることを、通帳で確かめる。4行目、楊さんに電話しない。
4行目は冗談のようですが、本気でした。暴落の日に誰かに電話する人は、『売っていいか』と聞きたい人です。聞く相手を作らない。自分のルールを先に持つ。講座の第11回の、一番大事な教えでした。
妻はその紙を見て言いました。「半分になっても、生活費は別にあるんでしょ。なら、私は平気」。塚ちゃんは「僕らの世代は、コロナの時に初めて暴落を見ました。あの時、戻るなんて思ってなかった」と言いました。そのとおりで、底にいる時は、誰も戻るとは思えないのです。
雨の夜に冷たくなった胃は、この紙を貼ってから、見出しを見ても冷えなくなりました。まだ1円も入れていません。でも、暴落の日の自分が、先に決まりました。
暴落の日の自分を、先に決めておく。
06 今日やること:『半分になった日』の1行を書く
今日やることは、1つだけです。『持っているお金が半分になった日、自分は何をするか』を1行書いて、目に入る所に貼ってください。 まだ投資をしていない人も、です。先に決めた人と、その日に決める人では、する行動が逆になります。
書くのは『売る』でも構いません。ただ、その場合は、入れる額を『半分になっても生活が変わらない額』にしてください。1行の中身より、先に決めることが大事です。
次の話は、4-8「プロの8割が負ける相手に、素人が勝てますか?」です。暴落が怖くなくなった僕が、今度は『プロに任せれば勝てるのでは』と考えて、楊さんに笑われた話です。
その日に決める人と、先に決めた人。行動は逆になる。
情報元
- 講座 第11回「暴落時に慌てないための考え方」 | S&P500の下落幅(ITバブル・リーマンで約半分、コロナで34%、利上げで25%)/全部回復して高値更新/5年たっても戻らない時期/売らなければ損はしない、は半分正しい/自分のルールを持つ(講義ノートより)
- 講座 第1回「退場しないこと」(50%下がると戻すのに100%要る)・第5回(指数は定期的に入れ替わる)・第3回「生活費6か月分は現金」
- 暴落の時期(2000年ごろ・2008年ごろ・2020年・2022年)は、広く知られている出来事の年です
※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)



